今回は、ベタ組みについて、技術的背景とともにご紹介します。

「ベタ」ってなんだろう?

ベタ組みの「ベタ」とは、文字と文字が隙間なく並んでいる状態を指します。

おやっ、と思われた方もいらっしゃるかもしれません。本を見ても、文字と文字はくっついていないじゃないか、隙間があるじゃないか、と。

どんなものでも構いませんので、本を見てみてください。おそらくどの本を見ても、文字と文字の間にはわずかに隙間があって、離れているはずです。

じつは印刷やウェブに使われる文字データは「字面(じづら、と読みます)」と「ボディ」というものから成り立っています。ベタ組みはこのボディを隙間なく並べること意味しています。金属活字を見るとわかりやすいかもしれません。

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金属活字は四角柱の金属の表面に文字が鋳込まれています。この文字そのものが「字面」、字面を含む四角柱そのものが「ボディ」です。

私たちが通常「文字」といっているのは字面のことで、ボディよりも少し内側に作られています。これは欧文でも変わりません。

どうしてこういうデザインなのかといえば、活字をベタに並べたときに、文字同士がくっついてしまわないためです。文字同士がくっついてしまうと、文字それ自体の形を見分けることが難しくなります。

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左がベタで並べたもの、右が字面がくっつくくらい近づけたものです。文字同士の距離が近づき過ぎると文字そのものを認識しにくくなることがわかります。

すべてが手作業の金属活字

かつてボディは実体のあるものでした。先ほどお見せした金属活字は鉛を中心とした合金です。どんなに字面同士を近づけようとしても、ボディを越えて距離が縮まることはありません。

日本に金属活字が導入されたのは明治の最初期です。初期の日本語組版には文字間をあけて組んでいるものが多く見られますが、昭和になるとほぼベタ組みに移行します。その理由のひとつに、字間をあけて組むことの手間が考えられます。

金属活字の時代は、文字を並べるのはすべて手作業でした。印刷所には膨大な量の金属活字を納めたケース(活字棚)があり、熟練の技を備えた職人が、まず文字原稿を見ながら、一文字一文字、活字を集めます。必要な活字が揃ったら、指定された文字数や行間、字間にしたがって、「ステッキ」と呼ばれるケースに並べていました。これを「植字」といいます。

行間や余白も、印刷こそされないものの、活字=金属片として存在していました。それらを組み合わせて本の頁を整形していきます。パソコンのなかで自動処理される現在からは、とても考えられない作業量です。

字間をあけるにも、文字の間にひとつずつ「込め物」と呼ばれる印刷されない活字を挿入していました。想像するだけでも大変ですよね。

ちなみに、ここで私がざっと触れた金属活字による印刷、いわゆる「活版印刷」については、『VIVA!!カッパン』(朗文堂)という本に、丁寧に、詳細にまとめられています。

『坊ちゃん』(初版)の組み方

ここでひとつ、字間をあけて組まれたものを見てみましょう。これは1907年に刊行された夏目漱石『坊ちゃん』の初版の組版です。

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字間が若干あいています。読点(、)やカギ括弧が字間のなかに収まっていて、句点(。)の後ろが一文字分あいています。こうすると読点などのあるところは濃度が極端に上がり、句点の後ろは逆に濃度が下がるので、文章の構造が視覚的に把握しやすくなっています。

私は、現在の日本語書籍組版ではベタ組みが最適解だと考えていますが、絶対にベタ組みじゃないとダメ! とは思っていません。ベタ組みでなくても、視覚的に読みやすい組版は実現できます。

ちなみに、ここで使われている句読点や括弧は字間のサイズに作られており、句点のあとのアキは空白の活字を挿入しています。

少し脇道にそれました。さきほど述べた作業工程的な手間ひまの他にも、句読法の確立などさまざまな要因が考えられますが、とにもかくにも、昭和期にはベタ組みが主流になっていきます。

写真原理を使った「写植」

金属活字は、活字を鋳造するための特殊な機械や、膨大な量の活字をストックしておくスペース、また活字を組み合わせて版をつくる職人が必要だったりと、まだまだ改良の余地がある技術でした。

そこで新しく登場したのが、写真の原理を応用した「写真植字機」いわゆる「写植」です。ガラスで出来たプレートに描かれた文字に光を透過させ、それを印画紙やフィルムに焼きつけて印字します。一文字ごとに活字が必要な金属活字と比べ、はるかに効率的に版を形成することができます。

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写植の技術自体は1924年に誕生しているのですが、印刷に本格的に用いられるようになるのは、コンピュータによる入力・編集・レイアウトが可能になった「電算写植機」の登場からです。

コンピュータ制御による自動化が可能になったことで、写植技術は爆発的に普及し、活版印刷にとって代わりました。1960〜70年代のことです。

物理ボディから仮想ボディへ

日本語組版から見た場合、写植と金属活字の最大の違いは、オートメーション化もさることながら、文字が物理的なボディから解放されたことではないでしょうか。金属活字ではボディは文字通り物理的制約を備えた実態のあるものでした。ところが写植では、ガラス板に記されたガイドとしてのみ存在する「仮想ボディ」になります。これは現在のデジタルフォントも同じです。

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外側の青い枠線がボディ、内側の赤い枠線が字面の境界線です。これらはすべて同じボディサイズの文字ですが、漢字、ひらがな、句点で、字面の大きさには大きな違いがあります。とくに仮名文字では、仮想ボディと字面の間にある空間が広いことがわかります。

仮想ボディになったことで、ボディを超えて文字同士の距離を調整することが可能になりましたし、句読点や括弧に伴うアキをなくすことも可能になりました。金属活字でそれを実現するには、ボディを削るか、最初からそのようにデザインされた文字(複数の文字でワンユニットを形成するような)を作るしかありません。

電算写植機の登場によって、とくに雑誌の分野では仮想ボディを超えて文字間をツメた文字組みが登場します。「一歯ツメ」と呼ばれるもので、これは文字間を0.25mmツメて組むことを意味しています。写真も載せ、文字量も多い雑誌という媒体では、複雑な要素を誌面に収めるために必要な手段だったのだと思います。

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しかし、いかに一歯ツメといえども、そこに働いている原理は基本的にはベタ組みと変わりません。一律に文字をツメるということは、そのまま均等な字送りを守ることでもあります。

少し長くなったので今回はここまでにします。次回の更新では、現在の主流であるデジタルフォントのことから話をしていく予定です。