さて、いよいよ新しいオルタナティブな組版ルールに突入していこうと思うのですが、もうひとつだけその前に触れておきたいことがあります。これまでほとんど言及することのなかった横組みについてです。

時代は横組み?

2014年現在、いまや日本語の文字環境は横組みが主流になっています。教育の現場では、国語と古文・漢文を除くほとんどの授業で、教科書、板書、ノートは横書きです。インターネットやEメールは言うに及ばず、ビジネス文書、公文書も横書きが圧倒的です。よほどの読書子か編集者などの特殊な職業でない限り、縦書きよりも横書きで文字を読むこと、書くことの方が、体験している時間が長いと考えられます。

このプロジェクトではこれまで一貫して縦組みについて見てきました。その理由は日本語文字の形象的成り立ちや日本語書籍の歴史、そこで守られている縦組みの伝統など、過去の記事で述べてきた通りです。とはいえ、もはや文字組みの主流は横組みですし、文字表現の他言語化が進む状況を考えれば、いずれ横組みの書籍が当たり前になる日が来ないとも限りません。むしろウェブサイトの表記などを考えれば、もはや横組みの方が合理的とさえ言えます。

いまのところ日本語書体はほとんどの場合、正方形のなかにデザインされています。この正方形というシステムは実にすぐれもので、縦にも横にも組み合わせて文字列をつくることを可能にしています。

しかしいくら組み合わせが自由とはいえ、横組みの文章についても縦組み同様にリテラシーが必要なことに変わりはありません。これまでのスタンダードであった縦組みについてさえ明確なルールがないのですから、横組みについても本質的には同様の問題があると言えるでしょう。

とはいえ、時代は横組みです。今回は横組みについて考えてみようと思います。

日本語文字の悩ましさ

以前の記事でも触れたように、日本語文字の筆運びはそもそもが縦方向です。平仮名・片仮名を横方向に組むことは、日本語文字が本来的に備えている自然な流れを崩すことになります。極端に思えるかもしれませんが、それは欧文を90度回転させて縦に綴るのと同じです。

現行の日本語書体は正方形に最適化されています。特にデジタル技術の普及以降、文字は横に組まれることが当たり前になっています。書体デザイナーもその状況に対応すべく、正方形という特性を把握して書体の改良に余念がなかったことは、私が指摘するまでもないところでしょう。

しかし、そうは言っても日本語文字の構造自体に変化があったわけではありません。本来縦方向に綴られるものを横に並べるのですから、完全に縦組みと同じというわけにはいかないのが現実です。

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同じ文字列をそれぞれベタで組みました。漢字については気になりませんが、片仮名の部分、とくに「ッ」と「レ」の前後の見え方が違います。縦組みに比べ、横組みの方がアキが目立って見えます。例示した書体はヒラギノ角ゴシック体 Pro W3です。書体のなかでもモダン、つまり正方形のなかに均質化されたデザインに分類されるフォントです。

日本語文字を横に組むということは、こういう事態が頻出するということです。これはいまの書体デザインの問題ではなく、文字構造そのものの問題なので、簡単に解決することができません。たとえば例示した「ッ」「レ」を扁平にすることもできますが、そうすると文字の形そのものが破綻してしまいます。

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これは極端な扁平ですが、縦にも横にも平均的な形を目指すということは、文字の形そのものにある種の負荷をかけることでもあります。正方形はたしかにすぐれたシステムですが万能ではありません。縦にも横にも組めてかつ審美眼的にも高水準を保つ----この矛盾する要素にどのような回答を与えるのか、書体デザイナーの仕事がいかに大変か、その一端が想像できます。

●大切なのは字送りのピッチ

この問題に対処する有効な手だてとして考えられるのが、部分的に文字間を調整することです。

これまでベタ組みの重要性を繰り返し主張してきたので意外に思われるかもしれませんが、大切なのはあくまで読者に文章内容を伝えることです。ベタ組みの原理を理解した上でときにそれを破ることが大切なように、原理原則はあくまで頼るべき指針であり、絶対的なルールではありません。

では具体的にどのような条件のときに調整をすればいいのか。それは左右のアキが特に目立つ文字列が発生したときです。縦長の仮名文字や拗促音がこれにあたります。

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「ッ」「レ」の前後のアキを調整してみました。単純に仮想ボディをベタに組むよりも均一な字送りに見えるのではないでしょうか。

字間を調整するときに大切になるのは、詰め過ぎないこと、です。日本語文字の場合、プロポーショナルに組む時の基準値はありません。縦でも横でも、個人的な感覚に依拠してツメ組みは実現されています。これはOpenTypeフォントに搭載されているプロポーショナル値についても同じことが言え、数値はあくまで書体デザイナーが設定したもので、それが必ずしも視覚的に正しいとは限りません。

とはいえ、調整を施す以上は何らかの指針が必要になります。ここで生きてくるのがベタ組みの論理です。

日本語ベタ組みが大切にしているのは、字送りのピッチが一定になることでした。横組みで部分的な調整を施す場合も、このことを念頭に作業することが重要になるでしょう。字送りのピッチが一定と感じられる視覚調整を施すこと。これが肝心になります。

もしも日本語が横書き主流の書字だったら

そうは言っても、部分的な調整を施すという方法はあるものの、考えられる文字の組み合わせはかなりの数になりますし、実際の仕事でそのひとつひとつに、適当な調整をかけていくことは、作業量やそこに費やす時間を考えても、現実的ではありません。であるならば、現状の日本語横組み組版でも情報は伝達できるのだから問題ない、と考えることもできます。

しかし、ベタ組みの組み分けでも確認したように、微差も集積すれば結果に影響を及ぼします。小さな差をないがしろにしないことも大切だと言えるでしょう。

この問題に積極的に取り組んでいるのが、新世界タイポ研究会の「横書きかな」です。新世界タイポ研究会は、大日本タイポ連合の塚田哲也さんと秀親さん、それにヨコカクの岡澤慶秀さんが結成したユニット。「横書きかな」は縦書きとして生まれた仮名を横書きのものとして新たに誕生させようとする試みです。

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[横書きかな(新世界タイポ研究会ウェブサイトより)]

「横書きかな」が他の書体と異なるのは、万葉仮名の草書体「草仮名」から仮名の形そのものを考え直していること。もし日本語書字運動のベクトルが縦ではなく横方向だったらと想定して、仮名の形そのものを大胆に変更しています。結果、現在の私たちの知る仮名の形からは離れた字形となり、その結果判読が難しい=普通には読めないのですが、文字のあり方、綴り方、連なり方は横組みにもっとも相応しいものなっています。

「横書きかな」はまだまだ開発途中ですが、こうした試みこそが日本語書体、ひいては日本語組版のあり方を更新していく可能性を秘めていると言えます。日本語組版の今後、とくに横組みについて考える場合、組版システムだけでなく文字そのものについても視野を広げる必要があります。今回の記事はその入り口をのぞいただけですが、もしかしたら縦組み以上に指針を求められる領域なのかもしれません。