<きびしいご意見をいただく>
前回「美女を美女にするもの」をテーマにしました。
すると、amuの会場参加の方からご意見をいただきました。
「そもそもの、美女を観照するという、その目的、
そのやり方が正しいかどうかよくわからない。
自分のこととしてとらえられない。
カジュアルなテーマなのに、むずかしく見えるのはなぜか?」
というきびしいご意見でした。

おっしゃられる通りだと思いました。
そこで美女観照について問題を整理し、
今後、会場参加者や読者の方と、
対話のかたちで毎回、美女について語り合う

というスタイルをとっていければ、そうした誤解もなくなるかと思いました。

<「美女観照道場」へ>
そこで、突然ですが、その名も「美女観照道場」。
そう、対話の「道場」を開くことにしてしまいました!!
対話を共有し、その中から皆さんひとりひとりの「美女観照」を
見つけていただきたいと思っています。

美女観照道場1回目の対話は、今回ご意見をくださった、
50代男性、会社員、辛口のHさんと
20代女性、ふんわか会社員のAさんにご参加いただきました。
私は師範です。笑

<再度、美女観照とは?>
Nohara(以下、師範) 今日はお時間をいただいてありがとうございます。
    お二人からそれぞれブログや私の発言にご意見をいただいてとても嬉しかったです。
    よろしくお願いします。
Hさん,Aさん よろしくお願いします。
Hさん まず、いまさらですが、再度、「美女観照」ってなんなのでしょうか。
師範 さっそく、ありがとうございます。笑   
   端的に言うと、「美女という存在」を、社会や他人の評価を気にせず、
   また、自分の固定観念からも突き放して味わうという感覚になると思います。
    この感覚についての答えはひとりひとり異なるものになるはずなのが

   楽しいと思っていて。

   楽しく考えていただくためにも、他の人との意識の共有要素とし
   私が実験で用意した5つの視点が「美女観照」のツボかなと思っています。
   直観/造形(バランス)/親しみ/エロス/タナトス(死・影のある美しさ)
   の5つです。

<自分の固定観念を突き放つ>
Hさん わかったような、わからないような。笑
Aさん ですね。笑
     特に5個の項目のうち、
    直観って、自分の固定観念から来るものなんじゃないかなって思ったり。
師範 なるほど。
    私の中では直観って、自分の固定観念より前にあるものだと考えていて
    自分の中の社会的な認識とか、意識よりもっと動物的に感じる部分というか...

Aさん 野性的な勘という感じですか?
師範  うん、そうですね! 笑 野性的って近いかもしれないです。
    野生的な感覚でまずいいっ!! というか「ぐっと」きて、
    「直観」という部分が非常に曖昧に感じていて。

    この人(美女)、パーツの配置もいいし(造形)、
    近寄りやすく(親しみ)、生き生きしていて(エロス)、
    でも影(タナトス)があっていい!!
    ..みたいに5つの感覚が一挙にくる感じかな。

Hさん 古いですけど、「ねるとん」で言うと、
      「たかさんチェック」のあとの第一印象みたいな感じですか?
Aさん 「ねるとん」? なんですか、それ??
師範  そんな欲望にまみれたものとはちょっと違うかな。笑

    実験で選んだ5項目というのは、あくまでも社会や他人の評価も
    「自分の固定観念からも突き放して味わう」。
    それを他の人と共有していただくための目安です。

Hさん なんで固定観念をはずさないといけないのですか? そこがわかんないや。
師範   ありがとうございます。笑
    「観照」という言葉自体がとても宗教・哲学に寄ってしまう言葉なので
     難解に考えていただいてしまったかもしれないのですが、
    いわゆる禅の境地みたいに遠いものではなくて。

    「美女」という存在って、大自然の中で壮大な景色に囲まれた時、
    芸術品や美術品、空間・時間芸術(舞台やお芝居等)に触れて
    「すばらしいな」と心が動かされたりするような感覚で、
    心から自然に湧き出る「美しいな」「すごいな」という感覚とか、
    味わって楽しめるというか。

<自分磨きのための美女観照>
HさんAさん そういう感動している時は、「自分がなくなる」ということですか?
      感動のあまり自分がなくなる...?
師範    感動する瞬間ってじっくり考える機会がない。
      あれって、自分の外側にあるものや、起きている出来事の瞬間が
      自分の内側に溶け込んだ時に起こると思うんです。

      自分がなくなってしまうってすごく良い表現だと思うんですが
      自分の存在はあるんですが、自分と違う、
      もっと大きな存在の中に自分がある感覚というか、
     1度何かに溶け込んでしまった自分をもう一度見つけるような。

     なので美女観照というのは、「外(美女)」を見ているようで、
     実は、「内(自分)」を見ている。
     「自分の内側を磨く」ための、大人の流儀だと、
      考えているんです。
     ↓こんなイメージです。
     美女観照の良いイメージ  良くないイメージ
    imageyoi.jpg imageyokunai.jpg  
Hさん 少し整理出来てきた気もします。笑
Aさん 私も、自分を磨きたいかも。
   どんな感じになるのか先は良く見えないけど、楽しそうです。笑
師範 ありがとうございます!
Hさん じゃ、今後はぜひその「大人の流儀」の方向で、道場をよろしく願いします。
師範   私も皆さんと一緒にさらに美女観照を突き進みたいです。
        よろしくお願いします!

お読みいただきありがとうございました!
今回の対話は12月末に行なったのですが、
今後はひと月1回~2回を目標に、対話形式でいろいろな美女について
美女観照道場的に掘り下げていきたいと思っています。

また次回の更新まで、ご意見ご感想をお待ちしております!
参加ご希望いただける方は、師範まで。
Bijyo.amu@gmail.comまでご連絡ください!!