創造の起こる「隙」をつくる

やわらかな哲学カフェ第2回は映画監督の中村佑子さんを招き「感じることの可能性を語ろう」、第3回はNext to normal全体の取り組みがなんであったか、何であれるかを「見えないものを見る」ことを掘り下げながら話しました。

これら時間の記憶はとても有機的に、たくさんの人の表情の印象とともに成り立っていて、出された要素は多岐にわたり、種が蒔かれたままになっていて、とてもレポートしたり記録したりするのが難しいと思われたのですが、ここに一部を報告しようと思います。

わたしにとってのこのプロジェクトは、編集者として武装した表面的なアイデンティティを崩され、ひとつの身体をとりもどすようなことだったと思っています。
それはこのプロジェクトの仕掛人であり、また編集者である津田広志さんに教えられたことでありました。津田さんがあるイベントでいわれた印象的な述懐。「私はあたりまえの文脈を読むということがいやで、文脈を読む国語のテストに反感を持つこどもでした」
プロデュースに関わる人はしばしば文脈を読みすぎて、ニーズを単純化し、わかりやすい強い解を導き出しがちです。プロデュースの方程式はしばしば人が不在のリニアな言語運動にのっとられて、コンテンツを貧しくする結果につながっているかもしれません。そこに創造的アルゴリズムを入り込ませるのは、編集者個人の直観であり、価値創造への意思であろう、と私はなにか非常にハラオチするものがあったのでした。
創造の起こる間隙をつくりだすこと。このワークショップではそんなことも目指されているのでしょう。

新しいメディアへ

またこのNext to normalのプロジェクトメンバーであるNohara Tomokoさんに打ち合わせの途中にふといわれたこと(いつも感じよいNoharaさんから出てきた思いがけない強いことばにはっと顔をあげたのでしたが...。)「わたし、メディアってきらいなんですよ、なんであんなにエラそうなんでしょう」

Next to normalのテーマは新しいメディアのかたちを探っての取り組みであったのですが、もう私たち自身の、一人一人の身体がメディアである、そういってしまっていいのではないか。
固有の経験が刻まれているこの身体の。有機的にくみあがっていくワークショップを通して、そんな想いが膨らみました。

ちょうど曲に忠実であろうとすればするほど逸脱を刻んでいくグレン・グールドの歌声のように、わたしたちの身体=メディアの特異性ははじまりとおわりにあって、ときに前景に迫ってきてしまうのです。

ぼくは物質(マチエール)の破片、太陽の材質(マチエール)の破片だ
ル・クレジオ

感じることの可能性を話そう

第二回、映画監督・プロデューサーの中村佑子さんを招きました。
中村さんはいま、内藤礼さんのアート・ドキュメンタリー映画を制作中です。
わたしの大切な友人で、制作過程の情熱や葛藤をそばで感じているうち、この会にお呼びして話しを聴きたいと思いました。

中村さんは病気のお母様によりそう過程で、美術家・内藤礼さんの作品に惹きつけられ、映画を撮りたい、と思われたそうです。
(『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』2019年9月イメージフォーラムで公開予定)

ところが制作中、被写体にカメラを向けること、撮ることについての根源的な問いを突きつけられることになります。
そこには内藤さんの戸惑いに似たメッセージがありました。
すなわち「撮ることでつくることが失われてしまうのではないか」。
世界の生成に目を凝らし、絶えず自らを開け放つ、祈りのような内藤さんの行為にとって、自分を対象化するものとしてのカメラのまなざしの位置が問題となりました。

私は、この世界にほんとうはあるのに、何かのかげになって見えなくなっている名づけられぬ純粋というものが、ふいに人のそばに顕われてくるのを、それはどんなになにともわからないものであっても、いやむしろそれだからこそ、疑うことなくこの眼で見ようと思う。
内藤礼 /「このことを」

そこでカメラは内藤礼さんの制作行為の中心へとフォーカスをあわせたままで、被写体として別の女性たちを追いはじめました。そして映画は内藤礼さんを起点にした女性たちのドキュメンタリーへと変容していきました。
内藤さんは映画が複数の人称へと生まれ直していく、その生成の過程を受け止め、中村さんは葛藤しながら自分のつくるものの意味を、できていく映像自身に力を得て、確信されていきました。

中村さんにとって撮ることは存在の呼ぶ声を聴くこと、だといいます。
重層的な現実の襞に分け入りながら、潜在する光の流れ、渦のなかへ身を投じていく。中村さんにとってこの映画は、内藤さんにひかれた内的必然の糸をたぐり、それがなんであるかを知っていく対話の行為にほかならなかった、と。

そのカメラは「顔」の変形する事故に遭って、鏡を失ったような喪失感を抱えていたわたしのもとへもやってきました。そしてわたしは映像の中で「私」が複数の人称に飛翔して、作品が生きた真の鏡のように息をするのを見たのでした。

もどってきたこの日常の美しさの中に、私は自分自身を発見し続けるのでしょう。「あたり一面に広がる無名の実存のざわめき」(レヴィナス)がわたしを覆っているかぎりにおいて。鏡はいっとき組み上がり、また変化してさざめきをやめません。
「存在は休息である」とは、内藤礼さんのことばです。

わたしのなかにわたしに沈黙する、けっしてわたしの対象にならないものがあることを願う。その数えられないものを数えられないまま、あなたと呼んでみたい。あなたが無関心だとしても、ほかにわたしの根拠は見あたらないのだ
内藤礼

感受体の名

カフェは折しも安倍政権の憲法改正論議や積極的平和主義の是非をめぐって、ソンタグ、レヴィナスなど、戦争と倫理をめぐるテーマにもなりました。
中村さんは、感覚とはいまや最後の砦ではないか、と。また作品や番組を作るときに常に念頭にある「顔」たちの要請について。
またSNSなどコミュニケーションのインターフェイスが進化する中での感覚の機能へと話が発展しました。

会場には、視覚障がい、聴覚障がい者の方にインタビューを続けていらっしゃる伊藤亜紗さんもいらして、議論に深みを加えてくださいました。
異なる中にも共通する、共振の起こるところを感性の「厚み」と表現されたのが印象に残っています。

声が集まってつくられていく場を見ながら、この風景こそが平和への一歩かもしれない、という祈りに似た想いが湧きました。

異なる身体と時間軸をもった、たくさんの感受体がいまここに交錯しながらあること。空を旋回する華麗な思考ではなく、痛みを伴いながらこの地上に生まれ落ちて「ある」ことが、おもい、かなしいと愚痴をこぼしながら。

さびしい、まぶしいと、空を映りこませては呆然と地に宿る、そのまなざしから、同じように隣りにひしめきあう人々を感じるとき、音楽にならない、圧倒的な量の音の存在、魂の多重奏がなだれこんできます。すべてを認識することはとうてい不可能な、圧倒的な海が。
このあたりまえに与えられている現実は、感じることでしか届かない風景なのかもしれません。

私たちはとてもよく似ていて、同じようなことを感じながらも、身体で隔たって、別の運命を負わされている。そしてときに、とてもやわらかい部分にふれる。でもそのことにまるで気づかなかったように日常に課されたゲームのプレイヤーであることを続ける。
いつでも響きあえるのに、響きあうことをしない。
制度へのアクセシビリティを基準に刈り込まれた感受性を解き放ち、そんな私たちの日常をストームに放り込む!こと。それがこの哲学カフェの目指すものであるはずでした。

ひとりひとりの微笑もまた、全体のものだ
デュラス

一つの共通言語に収斂していくとき、あるふるえ、でしかなかった、生まれたてのことばにとってそれはひとつの死であるかもしれません。
多様な感受体として、それがそのままに承認されてあることを、私たちはどう承認しあって、感受しあっていられるでしょうか。
人がその輪郭のうちに閉じ込めた、孤独と重力そのものにふれること。

世界は持続している。私ぬきであろうと。
その幸福を知ったとき、私はもういちど世界を与えられていた。
内藤礼

あるいは感覚とは、この身体に宿り、閉じ込められながらまたその境を突破して、ひとつの連続性を希求しながら浮遊し、それ自体の身体を見つけようとさざめく、途方もない感受体、エネルギーの正体の名なのかもしれません。

見えないものを見る

第三回は他のプロジェクトとの連携で行われました。
「読みやすさの科学」デザイナーの長田年伸さん、「美女観照」のNohara Tomokoさん。「音からの復興」ディレクターの太田尚宏さん。このプロジェクトはもともと異業種の人々が集まって新たなメディアのかたちを探るという、大人の放課後的な、真剣な遊び心でスタートしたのでしたが、あいまいでもなにかそこに必然を感じられる、集まった意味を中心にして、未来を信じつつのぞきこみました。

「見えないものを見る」ということ。
まずNoharaさんが引用されたのは津田さんプロデュースである「いのちの集合知をつくる」というamuのイベントで、アーティスト鴻池朋子さんが話されたエピソード。土地の神話を集めるというワークショップの中である方が話されたそうですが、子どものとき、小さい子を背負って山に入ったとき、不思議な狐火が一面に燃えるのに出くわした。背中の子が「見て、狐火だよ!」といったが、驚いたその人は認めてしまったら本当のことになると思い、「わたしには見えないよ、帰ろう」と言って慌てて逃げ帰った、と。
すなわち、まずはいま見えているものを見えている、ということが私たちの勇気ではないか、ということ。

日頃から文字身体に関わるデザイナーの長田さんが追う「読みやすさの科学」。
読みやすさという現象を起こすところの、意味作用を担保する場所はどこにあるのか。すなわち、私たちはどこで読んでいるのか。そして文字が書かれていく、その場所とは何か。
会場では「記録」と「記憶」の違いについて、とりわけ書かれえない記憶の貯蔵の方法について、議論が交わされました。

また、書き言葉と話し言葉の違い。書き言葉が与えてくれる超越的な時間性、自由について。また相手を目指して生まれては、小動物のように空間を走り、混じり合っては音になって消えていく、話し言葉の愛しさについて。

直視すると逃げ去るもの

太田さんは「音からの復興」という、休止中のプロジェクトを抱えて参加。ここは出来上がったものではなくて、過程の迷いや迂回こそが俎上にのぼる場なのでした。
太田さんが震災直後に撮った、福島の映像が流れました。
震災の生々しい記憶が蘇ります。311、東京にいた私たちも命の危機を感じました。私もあのとき、死者の一人一人を知り、数え上げることができたなら、どこかで精神が破綻するな、と思いました。極限にはりつめた精神の感触が残るなかで、また日常がもどってきた。その日常は、どちらかというと外側から覆われてきたもので、わたしたちはあの瞬間から語り出す必要を感じながら、日々少しずつ忘れ、あの日の地点にたちすくんだままです。

太田さんはいま、福島を撮れなくなった、といいます。
そして見えないものを見る、ということについて「直視すると逃げ去る」電子観測の話をしてくださいました。
わたしたちは結局、手持ちの数少ない材料で、やっとくるむようにして大切なことにかたちを与えようと試みる。
互いに影響し合うことなしに存在することのできない、電子や量子レベルのあり方とは、私たちの心の現実においていつも感じていることであるのでした。

仲俣暁生さんが、会の最後に「わたしたちは震災の後、これは簡単には言葉にできないので保留していよう、と思った。が、そのこと自体を忘れつつある。保留したこと、その事を覚えていなければならない」と加えられました。

他者にふれる

サルトルはマロニエの樹の根を見て、言語以前の世界が押し寄せてくる、そのヴォリュームに吐き気をもよおしました。
が、わたしたちは吐き気をもよおすことなしに、世界の破れに立ち会い、あるがままの事象たちの光に射抜かれることができるのではないか。事象たちの命そのものを語らせるために極限まで弱まった言語の力をもって、それら沈黙するものたちにかたちを与えることができる、と。

家が炎に包まれたときにはじめて建築の根本的な問題が見えるようになる。
アガンベン

カフェのあと家路につくときに、街ですれ違う人、電車の中の人がいつもと少し違ったふうに感じられる、その時間が好きです。
いままでのっぺりとして意識に上ってこなかった知らない人たちが、温度をもって色とりどりに、饒舌な、愛しい友人として迫ってきます。

となりあう人の発見。認知症のケアの技法「ユマニチュード」の、人へ手の伸ばし方の技術に「飛行機が着陸するように触れる」というものがあります。つかむように、暴力的に介入する看護の仕方を、認知症のお年寄りは怖がります。ゆっくり、着陸するように触れる、ということ。そこに隠喩的な響きを感じないではいられません。他者にふれるということは、私たちの文明のすべてをもって、注意深く投機されていくような旅なのだと思うのです。
まなざしをたえず微分化し、そばにいる生命の声を聴く。
いま、その注意深い臨床の仕草からすべてを始めるべきだ。そんな気がしてなりません。

呼吸するように日々生まれては消えていく大きな記憶のかたすみで。
まばたきをするように、死を招く瞬間を、瞳の覚醒の間隙に滑り込ませていくことができるでしょうか。

まぶたのある生きものは
一種類の世界しか見られない。
だからもし、すぐ隣に座る君に
話しかけなかったとしても許してほしい。
君はまばたきの世界の住人。

例えば君が、
林の奥でどんなに
愛くるしい花を
咲かせていたとしても

海の底で
どんなに滋養あふれる
海草になっていたとしても

あるいは、
サボテンをもしのぐ
辛抱強さを持って
砂漠の真ん中に
たたずんでいたとしても
やっぱり気づいてあげられない。

今は、僕の家をそっと
のぞき込んでいるところかい?

小川洋子/まぶたのある生きものは