※本記事は「NEXT TO NORMAL総括①」の続きです。



ありあまる富

吉田知哉(ビー・エヌ・エヌ新社)



未知の何かを探りつづける

このプロジェクトは、テーマも方法も、参加者に委ねることを前提としていた。毎回、誰が何の目的で来るのかがよくわからないので、始まる前はとても不安な気持ちになる。別段何かあたらしい価値体系を生み出すことはなかったかもしれないが、終わるとある種の充足感に包まれた。人の富を感じることができた時間だった。

「超物質的(メタフィジカル)な富」は、増え続けていく。「知」とも言い換えられるが、あらゆる人間が生きるために必要な価値に交換できるものとして、「富」とバックミンスター・フラーは言った。僕はこの表現を気に入っている。ご参加頂いた方々の身体表現をともなった生の声は、この富の在処を教え合っていたように思う。また、逐一、時代の大きな出来事、小さな出来事にその声は敏感に反応してゆらいでもいた。

知の統合の難しさを目の当たりにしたプロジェクトでもあった。高度な専門性を持つもの同士が、首をふりながら、お互いの言葉の解釈に振り回される。あるいは職能として身につけている技術や知見を披露し合いつつも、そこからはお互いに一歩も踏み出せないでいる。近代に入り、人は専門分化型の発展をしてきたせいなのか。みんながお互いの富の在処を伝えきれないでいる。

それゆえ、意見交換やプレゼンテーションは、言語でのコミュニケーションよりも、表情や身ぶり手ぶり、声色などの身体表現を使って、常にエチュード的に繰り広げられていたように思う。そこにはこの時代の不安、苛立ち、怒り、悲しみなどがいつも混じっていた。誰もが懸命に未知の何かを探ろうとしながら。

本ブログでの執筆活動では、執筆者たちは富そのものからは少し遠ざかり、自らの富の探求の理由を伝えるために試行錯誤していた。ここでもテーマの横軸はなかなか通らず、研究記録的な留まった情報掲載ではあったが、執筆者を突き動かす情念や切迫感はそれぞれに際立って見えた。個人としてどうしてそこに拘れるのかが、それによって伝わっていた。

共創の知を思考することの切実さ

お互いの富の在処が、すぐに体系として結ばれなくても無駄ではない。場当たり的につないでも本質的な価値は生まれない。時折、共創のためのフレームワークを実施すべきとも思ったが、このプロジェクトではやらなくて良かったと思う。地球上のありあまる富は、点在しつつも、どこかでめぐりめぐって必ず相互に作用する。誰のためにもならない風はない。やがては全体に影響を与えるものだ。

なお以て、専門分化型に発展した教育や研究、産業の構造は、知の統合を難しくしている。時代や地域の、排他的・支配的なイデオロギーやドグマがそれを阻み続けている。それらに収奪されないように、増やし続けている富を、ひとり一人が自らの富として使うことは、全地球的な死活問題でもある。現在や未来のあらゆる問題に対応しうる術として。

ありあまる富を使いこなすために必要なのは、専門性を束ねる(知を統合する)ための、包括的な思考の獲得だ。だが、いま今の現実を必死に生きながらのそれは誰にとっても難しい。ならばせめて、誰かが有している富、あるいは探している富の在処について、もっと丁寧に耳をすまし、身体で対話していくことを心がけなくては。何かが何かの鍵になっているかもしれない。一方的に話が合わないと遠ざけたり、興味がないと無視を決め込んだりしてはいけない。決めつけであらゆる可能性の芽を摘んでしまわないようにしなくては。プロジェクトを通して、そんな思いが何度も心をよぎっている。

ご来場頂いたたくさんの方々に、ご協力頂いた参加者の皆様に厚くお礼を申し上げます。



CO-CREATION は可能か

村田純一(ビー・エヌ・エヌ新社)


2011年からですか、長かったなぁと、シンプルに思います。さまざまな人の往来があり、交わされた言葉があり、amuという天井の高い空間で、そこは音が響きやすいからイスを引くのも緊張が伴い、そのような空間の最初のひんやりとした空気、そしてその空気の粒感が発せられる声と体温とともに徐々に変わっていく感触を、毎回半信半疑のまま味わっていたなぁと思い返されます。

D.I.W.O(Do It With Others)をひとつの基板に据えて始まったこのプロジェクトは、個人的には「generativity」あるいは「co-creation」はいかに可能か、ということを問題意識として持ちながらの参加でした。私たちはここで何かを生み出すことができたでしょうか。プラットフォームたりえたでしょうか。ソーシャルたりえたでしょうか。半々というところかなぁと思っていますがともあれ、半信半疑を揺れ動く不断の運動の中にこそ新しい創造性の種子は潜んでいるはずで、今後もこの問いを抱えながら本業である〈本〉づくりという運動を継続していこうと思っています。

最後に、この場に参加してくれたみなさん、最後まで付き合ってくれた長田さん、Noharaさん、太田さん、大山さん、そして仲俣さんに、心から御礼を申し上げます。ほんとうにありがとうございました。



命がけの仕事をするということ

太田尚宏(映像作家、「失われた場所で音を紡ぐ」リーダー)



次の時代を切りとることはできない

私が「Next to Normal」にはじめて参加したのは確か2012年の1月だった。東日本大震災を経て、次の時代はどこへ向かうのだろう。そういう漠然とした不安みたいなものがあった。「Next to Normal」というのは、その当時の私にとって時代を切りとることができるかもしれないと思わせてくれた試みだった。時代の大きな転換点ということが言われていたが、実際にはそう叫ばれるほど具体的な動きは見られなかったときのことだった。大きな変化ほど揺れの振幅は大きく、大地の上に立っている本人にはその大きさが伝わらないように、時代という大きな時間の波は、その中にいる当事者にはよくわからないのかもしれない。時代を切り取るとはそういう揺れの中で自分の立ち位置を定めるという意味のないことなのだと、このプロジェクトに関わる中でわかってきた。

「Next to Normal」は2012年3月までの第1期とそれ以降の2期とに大きく分かれる。私にとって第1期とそれ以降の2期とでは全く別のプロジェクトのように感じた。第1期は、それまで何度も開かれてきたミーティングの中から抽出されたものをイベントの形で発表した。この際のキーワードは「Open Publishing」 と「Do It With Others」 。完成という概念を排除して編集の途中段階さえもある一つの作品または出版物になるというあり方や考え方もこの言葉の中から感じられた。私はある意味実験的なものづくりのあり方を、実際の仕事とは別に体験することができた。

「命」の生と死を目撃する

その中で出会ったのが、「命とは何か」というテーマ。実際に取り扱ったのは「障害」。そこから普通(Normal)の先にあるものが何かを導こうとした。重度の身体的障害を負った男の子タイちゃんとそのお母さんとの出会い、Next to Normalの仲間3人でお宅に伺いインタビューした。食べることも言葉を話すこともできず、管を通じて栄養分を体の中に取りいれる。全てが壊れる寸前で奇跡的に「ある何か」が命というものを支えている、そういう気がした。それでもタイちゃんは最高の笑顔を私たちに見せてくれた。

photo1.jpg

私は命というものの素晴らしさと共に計り知れない恐ろしさを感じた。インタビュー映像を編集し、イベントの参加者の前で上映した。しかし、その時ある違和感を感じていた。本当に伝わっているのだろうかと。自分が感じた命の恐ろしさのようなものが。それは自分の無力さ故なのか、このこと自体がこの世の真実だからなのかその段階ではまだわからなかった。それからわずか2年半が経った昨年の秋、彼は命を全うし旅立っていった。葬儀の前、お別れに行き、タイちゃんの死顔をじっと見ていた。2時間はそこにいただろうか?そしてようやく命の恐ろしさみたいなものを自分自身が受け入れたのだなと思った。

タイちゃんに出会った後、プロジェクトは第2期に入り、イベントのキーワード「Open Publishing」 と「Do It With Others」はどこかへ行ってしまったように感じた。与えられたタスクは3人のメンバーが個人的に何かコンテンツを作ること。方法論が一気に既存のものに戻ってしまった気がした。それぞれのメンバーの専門性が全面的に表に出て主張し始める。やる意味があるかどうかかなり迷った。しかし目の前に私は震災後の福島という重要な関心事がありどうしてもやってみたいと思っていたので、チャレンジしてみることにした。

「福島」を撮れなかった理由

「傷を負った場所が癒されるとはどういうことなのか?」それが私のテーマだった。できれば映像ではなく音で記録したいと思った。それは私の直感かもしれない、真実は姿ではなく音によってその存在を表現する気がしていた。しかし結局私は何もできなかった。なぜ私の足は福島に向かなかったのか?そのことをずっと考えていた。

そしてこういう結論になった。何か大切なものがある、それを誰かに伝えたいと思う。その内容が「命」とか「神」というような真実に関わるものの場合、それを伝えるということは自分の存在の全てと引き換えになる可能性があるということなのかもしれない。私はそれが怖かったのだと思う。そういう意味では、震災後の福島で起こっていることは、「神」とか「命」とかと同じ種類の真実である「何か」なのだ。まだ名前がついてないけれど。それに名前をつけることは命がけの仕事になるのだろうと思う。

「Open Publishing」 と「Do It With Others」はそういう意味では甘い言葉ではない。それは個人で関わるなら自分の存在だけで済むけれど、他の人間と共同でやれば当然、仲間の存在も引き換えになる可能性があるからだ。そしてその過程までもさらけ出さなければならない。「Next to Normal」はこれで終了するが、自分のプロジェクトの終着点は決めなければならない。今やらなければならないのは時代を切り取ることではなく、場所と対話する力をつけること、その場所が求めているものを、耳を澄まして聞き取り、そこに根をはる作品を作ることなのだろうと思う。