共に生きることに向かって。空白の場所を用意しました。

この試行の背後にあるのは、311。被災地に圧倒的に広がった死と破壊の風景であるかもしれません。多くの人が亡くなった、真空のような喪の感情の中で、私たちは何ができるのでしょうか。身を寄せあい、共振する命を鳴らしあうことしかないのではないか、そこから始めるしかないのではないか。被災地ではたくさんの対話の集会が開かれたと聞きます。

哲学カフェのルールはただひとつ、何を言っても排除されない包括的で安全な場所であること。よれよれのおちゃっぱがふわふわお湯にもどされていくように。集まった人の体温に包まれて、こころとからだを広げてみたら、語られる個別の体験が不思議に共に生きうる時間を刻んでいきます。自分の言葉を探して、日常を検証し白紙に描き出していく作業は、思ってもみなかった発見を連れてきます。

自分のデフォルトを耕すような、埋まっているアイデアの種を掘り起こすような。みなのエネルギーを持ち寄って、多元的な場、対話の可能性を探る旅に出ましょう。いざ!